コーポレートガバナンス・コード改訂(2018年6月)と日本企業の課題

2018.11.2  

1.コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)について

(1)制定の経緯 2013 年、安倍政権の成長戦略の一環としてコーポレートガバナンス改革が掲げられ、 2014 年のスチュワードシップコードの策定(金融庁)後、2015 年に CG コードが策 定された。

(2)プリンシプルベース・アプローチと”comply or explain”の原則

①プリンシプルベース・アプローチ 「一見、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)について、関係者がその趣旨・精神を確認し、互いに共有した上で、各自、自らの活動が、形式的な文言・記載ではなく、その趣旨・精神に照らして真に適切か否かを判断することにある。」とされる。

② ”comply or explain” 原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明する。

(3)CG コードのいうコーポレートガバナンスとは

第1原則:株主の権利・平等性の確保

第2原則:株主以外のステークホルダーとの適切な協働

第3原則:適切な情報開示と透明性の確保

第4原則:取締役会等の責務

第5原則:株主との対話

 


2. CG コード改訂の概要 (大きく3つの改訂項目)

・2018 年 6 月 1 日、東京証券取引所より公表。

・「フォローアップ会議」の議論を反映。(「なお多くの企業において経営環境の変化に応じた果断な経営判断が行われていないという指摘がなされており」などとされ改訂内 容は現在の日本の CG の課題点そのものと言える。)。

・併せて「投資家と企業の対話ガイドライン」(投資家と企業の重点対話事項を纏めたも の)が策定・公表された。

・「政策保有株式」、「CEO の選解任、取締役会の機能強化」、「資本コストを意識した経営 戦略・経営企画の策定・公表」などが主な改訂内容。

 

 

3.「政策保有株式」について(第1原則)

≪政策保有株式の問題点≫

①利益率・資本効率の低下や財務の不安定化(株価変動に伴うもの)を招く恐れ。

株主総会における議決権行使を通じた監視機能の形骸化 など。

 

☞ 仮に経営陣が明確な目的や基準をもっていたとしても、情報の非対称性ゆえ株主 からすると資本が効率的に運用されているか分からない。

 


【補充原則 1-4】

上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした 検証の内容について開示すべきである。 上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための 具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。

☞「縮減に関する方針・考え方」との文言が明示され、個別銘柄ごとの具体的な検証内容 が明示された。 

 


4 . CEO と取締役会 (第4原則関連)

(1)CEO の選解任について 「基本理念」、「国の施策」、「事業主の責任」などを明記。 【補充原則 4-3②】 取締役会は、CEO の選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏ま え、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、脂質を備えた CEO を選任すべきである。

【補充原則 4-3③】

取締役会は、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEO がその機能を十分発揮していない と認められる場合に、CEO を解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべ きである。 

☞「客観性・適時性・透明性ある手続」について、独立社外取締役を主要な構成員とする 任意の指名委員会における審議によるなどの手続が考えられる。 明確に記載されている訳ではないが、対話ガイドライン 3-2「手続を実効的なものとす るために、独立した指名委員会が活用されているか」などとされていることからも、独 立性のある任意の委員会を推奨したいという意思が見え隠れする。 

 


(2)後継者計画(いわゆる「サクセッションプラン」)について

【補充原則 4-1③】

改訂前 改訂後 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者等の後継者(プランニング)について 適切に監督を行うべきである。
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営 責任者(CEO)等の後継者(プランニング) の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督 を行うべきである。

☞「監督」の方法が具体化された。 パブコメ結果では、「後継者計画の策定・運用については、CEO の選任に関する各補充原 則の趣旨を踏まえ、指名委員会などの独立した諮問委員会で議論されることも想定されます。」とされる。 

(3)経営陣の報酬決定に関する改訂

【補充原則】

4-2① 改訂前 改訂後 経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に 設定すべきである。
取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして
機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報 酬との割合を適切に設定すべきである。

パブコメ結果では、こうした実務(取締役の具体的な報酬額の決定を、取締役会から
代表取締役に再一任する対応が取られている実務)を否定するものではない、として
いる一方、対話ガイドラインでは、「こうした手続を実効的なものとするために、独立 した報酬委員会が活用されているか」とされる。

 


(4)独立した諮問委員会の活用に関する改訂

【補充原則 4-10①】

上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問員会を設置することにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の 適切な関与・助言を得るべきである。

 


(5)社外取締役の選任に関する改訂

【補充原則 4-8】

・・・少なくとも 3 分の 1 以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社 は、上記にかかわらず、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである。 (修正前は「そのための取組み方針を開示すべき」とされていた。)

【補充原則 4-11】

取締役会は、・・・ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に 関する知識を有する者が選任されるべきであり、・・・

 


5 . 経営戦略・経営計画と「 資本コスト 」について

【補充原則 5-2】

経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分 りやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。

☞ CG コードは資本コストを定義していない。CG コードの資本コストをいわゆる株主資 本コストと捉える向きもあるが、企業が調達した資金を効率的に使うべきであることは、株式市場で調達した場合のみ妥当する訳ではないと思うので、一先ずは、「負債コスト」 と「株主資本コスト」をそれぞれの価値で加重平均した「加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital)」とするのが良いと思う。WACC=負債コスト×(1-税率)× 負債比率+株主資本コスト×株主資本比率。なお、負債コストは通常、有利子負債の約 定金利に一致する。株主資本コストは CAPM(Capital Asset Pricing Model)などを用 いて算出される。CAPM は、リスクフリーレート(通常は 10 年物の国債利回り)に企業 のリスクプレミアムを加えることで算出される。企業のリスクプレミアムは、マーケットリスクプレミアム(市場全体のリターンがリスクフリーレートを超える部分)に、企 業の株式の市場全体に対する感応度を示すベータを乗じることで算出する。 こうして算出された資本コストを参照し、ROE を KPI などとした経営戦略・経営企画 に活かしたり、資本コストと見合わない事業の立て直し・撤退などを検討する事業ポー トフォリオ戦略などに活かすことが想定される。

 


6 . コーポレートガバナンスと情報の経済学 (『情報の非対称性』とコーポレートガバナンス

【「 エージェント問題 」「 モラルハザード 」】

プリンシパル(株主)とエージェント(経営者)との間には目的の食い違いがあるにも かかわらず、プリンシパルはエージェントを完全には監視できない故(情報の非対称)、 エージェントがプリンシパルの望む程努力しない結果(道徳的でない行動が取られる結果)、プリンシパルの負担(報酬)とエージェントのパーフォーマンスとの間の不均衡(すなわ ち非効率)が発生する現象。

(考えられる対応策)

①監視の改善 適切な監視システムの整備☞コーポレートガバナンスの強化

②後払い 業績連動ボーナスやインセンティブ報酬など。

【「 逆選択 」「 逆淘汰 」】

買主よりも売主の方に情報が偏在していることから、情報のない買主が品質の悪い財を 購入させられるリスクを負う。その結果、そのリスクが偏在化して非効率が発生する、ま たはその市場から退出してしまうという非効率が発生する。

(考えられる対応策)

シグナリング:情報を有する側が情報を開示して適切な信頼を得ようとする行動。 (上場企業による積極的な情報開示。CG コードの要求する情報開示。)

☞ 株主と経営者、投資家と会社との間に損ずる情報の非対称から生ずる問題を解消す
る戦略が必要。積極的な情報開示や透明性のある取締役会を実現することで、非効率 を解消し、適切・効率的な企業経営・株式市場を実現することが重要。

 


7 . 英国 CG コード に つ い て

世界をリードする英国のコーポレートガバナンスは、今般、日本の CG コード改訂にも 影響を与えたとされる。今後も英国 CG コードが日本、世界に与える影響は大きいと推察 され、その動向を注視する必要がある。

・2016 年 7 月、メイ政権発足。

・2017 年 8 月、コーポレートガバナンスに関する提言公表。

・2017 年 12 月、英国財務評議会 FRC (Financial Reporting Council)より CG コード改訂 案公表。

・2018 年 7 月 16 日、FRC より英国 CG コード改訂公表(政府主導の改訂) 。

主な改訂点は以下のとおり。
 
ステークホルダーとの関係強化】

・年次報告書への記載 取締役会は、会社の重要なステークホルダーの考えを理解すべきであり、また、取締役会における議論や意思決定の際に、英国会社法(※)に規定されているステークホルダーの利益や各事項がどのように考慮されているかについて、年次報告書に記載すべき である。 ※ 英国会社法では、取締役は、株主の利益のみならず、従業員・サプライヤー・顧客等との事業上の関係を発展させる必要性、会社の事業活動が地域社会や環境に及ぼす影 響等を勘案しなければならないとされる。

 

・従業員との対話の仕組みの構築 ①従業員からの取締役の選任、②正式な従業員諮問委員会の設置、③従業員の声を反映する責務を担う非業務執行取締役の指名、の3つの方法のうち一つまたは複数の方法 を用いなければならない。


【取締役会の質の向上】

・取締役会が全体として能力・経験・知識等を適切に備えることを確保し、また、多様 性を促進する観点から、取締役を定期的に入れ替えることを検討すべき。

 

・取締役および経営陣幹部の実効的な後継者計画に関する指名委員会の役割強化。

 

・取締役会議長の任期は原則として9年を超えるべきでない。

 

・取締役会の少なくとも半数を独立社外取締役とすべき。 ・定期的に外部者による取締役会の評価を受けることを検討すべき。


【会社の長期的な成功に関連付けた役員報酬

役員報酬が業績や従業員に比して高額すぎるとの近時の社会的懸念が背景。)

役員報酬に関する指針等は、企業の戦略を支え、企業の長期的かつ持続的な成功を促 進するために策定されるべき。

 

・報酬委員会の役割強化。

 

役員報酬に関する方針等の戦略的合理性に関する説明や、その方針がどのように従業
員報酬に関する方針と関連付けられているかを説明するための従業員との対話等に関 する報酬委員会の活動内容を年次報告書に記載しなければならない。

 


【企業文化】

(企業文化の重要性を再認識する必要があるという問題意識があるらしい。 )

・取締役会は、会社の目的、価値観、戦略を策定し、企業文化がそれらに沿ったものと なるようにすべき。 ・取締役会において、企業文化が事業全体に浸透しているかどうか等を評価・モニタリングし、必要に応じて経営陣による矯正措置が取られることを確保することや、その 活動等について年次報告書で説明すべき。


8 .なぜコーポレートガバナンス が必要か。

【 Key Word 】

CSR から ESG へ ・「経営」と「監督」の分離 「社外」と「独立」

・「指名委員会等設置会社」と「監査等委員会設置会社

安倍総理の成長戦略(3 本目の矢)「稼ぐ力を取り戻す」

・監督機能と社内法務リソース(GC/CLO、社内弁護士、法務部員)


(まとめ)

今般の CG コード改訂は、2015 年の同コード施行後の状況や課題等をウォッチしていた フォローアップ会議での議論を踏まえたものであることからすると、同改訂項目が現在の日本の上場企業の課題の一部を反映しているものと見て良いと思われる。取締役会の監督機能の強化や政策保有株式の問題点、さらに資本コストを意識した経営など、いずれも株主あるいは投資家が当該企業へ投資するか或いは投資を継続するかの判断に極めて重要な事項であるにもかかわらず、外から具体的な情報がわからないという問題点に端を発している。これは、上で述べた「情報の偏在」ゆえに市場に非効率がもたらされている状況であり、コーポレートガバナンスの問題は、 「情報の偏在の解消」という視点を除いて議論し ていては適切な解決策を見出すのは難しい。改訂 CG コードを踏まえ、企業の経営者は、 株主や投資家に対して、適切な投資判断を促すために、これまで以上に適時適切な企業経営の重要事項について情報開示が求められる。とはいえ、企業経営上の情報の中には秘匿性の高い情報が多く含まれていることから、それらを全て開示することはできない。そこで、取締役会を適切に監督する制度を構築したり、政策保有株式や資本コストに関する適切な説明を行うなど、株主や投資家が経営上の具体的な秘匿情報について知らなくても、外形的・客観的に経営陣を信用するに足るだけの制度構築・説明義務の履践が、効率的な 企業経営を行う上で必要不可欠なものとなってきている。
 
少子高齢化、人口減少が顕著な日本においては、これまで通りの企業経営では経済成長 は難しく、経営資源を効率的に利用し、付加価値を生み出すことが求められている。CG コ ードは、そのような成熟化した経済を成長させるための仕組みとして機能することを期待するものであるが、それと同時に同コードは、一企業における資本の効率的運用だけでなく、日本の上場企業における効率的な市場形成あるいはこれからの企業の在り方をも規律することをも期待していると思われる。言うまでもなく、企業という存在は単に私的な団体であるという意味を超えて、日本経済・世界経済に多大な影響を与える存在である。世界に散在する資本を終結して事業を行う企業は、単に株主の受託者としての責任を負うだけでなく、健全な経済成長を担保するために、資本効率を考えて適切に資金を利用し、ビ ジネスを遂行する社会的責任(CSR)があると思われる。CG コードの各原則は、上場会社 の準則であるものの、CSR(あるいは ESG)を考慮すると、企業は上場しているかどうか、 また株式会社であるかどうかに係りなく、実体経済を担う社会的存在として適切なガバナ ンスによった効率的な経営が求められている。

 

以上